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大阪高等裁判所 昭和41年(ラ)263号 決定 1967年7月27日

不在者 河田誠(仮名)

抗告人右不在者財産管理人 河田泰次郎(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人は原審判を取消すとの裁判を求め、その理由として、別紙抗告の理由記載のとおり主張した。これに対する当裁判所の判断はつぎのとおりである。

抗告人の原審における申立の要旨は、「本件の不在者誠は抗告人の実兄で明治四三年頃渡米し彼地に居住する者であるが、昭和九年頃同人が帰国した際に、件外人久本信吉郎から本件宅地建物を含む不動産数筆(本件不動産二筆の外に田七筆、畑一筆、宅地二筆、山林一筆)を代金三、〇〇〇円で買受け、同時にこの売買契約に買戻約款を附け、売主久本信吉郎が昭和一一年一二月三一日までの買戻期限内に元金三、〇〇〇円とこれに買戻までの年五分の割合による金員を附加した金員を不在者に提供するときは右売買目的不動産の買戻をすることができる旨の約定をし、更に、右買戻期限は若干は猶予せられる旨口約も付いていた。抗告人は不在者が右不動産を買受けた時以来不在者の委任を受けて不在者の財産を管理していた者であるが、前記買戻期限経過後の昭和一七年八月三日その買戻権者である件外人久本信吉郎が不在者の代理人としての抗告人に対し金三、〇〇〇円を提供し前記買戻約款に基づく買戻の意思表示をしたので、抗告人は不在者を代理して同件外人に対し前記売買目的不動産全部について右価額をもつて買戻に応ずる旨を約諾し、右件外人から右金三、〇〇〇円を受領してこれを不在者のために保管した。その後、抗告人は昭和一七年一一月二一日付の和歌山区裁判所の決定によつて前記不在者の正式な財産管理人となつたので、現在その資格において本件不動産二筆に関し不在者から件外人久本信吉郎への買戻を原因とする所有権移転登記手続をしようとするのであるが、右行為は民法第二八条前段所定の管理権踰越行為に該当するので、その許可を求める。ちなみに、不在者が件外人久本信吉郎から買受けた不動産のうち本件の二筆を除くその余の不動産については、昭和一八年二月五日和歌山区裁判所の決定で本申立と同旨の申立が既に認容されたが、本件二筆に限りその際に申立および決定の対象から脱落していたものである。」というのである。

仮りに、本件の買戻約款に関して、抗告人主張のように買戻期限は若干猶予せられる旨の口頭の特約が付いていたとしても、右買戻期限である昭和一一年一二月三一日から五年六月以上を経過した昭和一七年八月三日になつて件外人久本信吉郎から不在者に対して各目的不動産の買戻意思表示をしても、これを買戻期限内の買戻とはいい難く、買戻権者の一方的な意思表示によつて買戻の効果を生ずる場合には該当しない。したがつて、右件外人から不在者の代理人である抗告人に対して前記の年月日に本件不動産の買戻をする旨の意思表示があつても、不在者から右件外人への右各不動産の所有権移転登記手続は債務の履行行為ではなく、右不動産所有権の新な譲渡契約の締結とこれに伴う所有権移転登記手続であるから、右売戻義務者である不在者の代理人または財産管理人が不在者の特別な代理権授与もないのに不在者のために買戻に応ずるのは、明らかに民法第一〇三条所定の権限を超ゆる行為であつて、特にこのような代理権限を授与する旨の契約がある場合、本人が後日追認した場合または家庭裁判所の許可を得た上でこれをした場合等特別な事由がある場合を除いて、無権代理行為として買戻の効力を生じない。右のように、本件の場合は不在者から前記件外人への本件不動産の所有権移転登記手続は弁済行為ではないから、抗告人が過去において件外人久本信吉郎の買戻期限後の買戻の意思表示に対し不在者の代理人として買戻に応ずる旨の意思表示をなした後、正式な法律上の不在者の財産管理人となつてその資格において不在者から右件外人への右不動産の買戻を原因とする所有権移転登記手続をするべく家庭裁判所に右行為をするについての許可を求めるのは、結局過去における自分の無権代理行為を追認するためにこれについて家庭裁判所の許可を求めるにひとしく、民法第一〇八条の趣旨にもとり、この場合家庭裁判所が右許可を与えるのは相当でない。

仮りに、抗告人の本件申立が昭和一七年八月三日の件外人久本信吉郎の本件不動産についての買戻期限経過後の買戻の意思表示に対し、今に至つて抗告人において不在者に代つて新に右買戻に対し承諾を与えることについて家庭裁判所の許可を求めるものであるとすれば、右不動産の買戻価額は右不動産の現在の価額を多分に考慮に入れた額をもつてするが相当であつて、昭和一一年当時の本件不動産その他の価額である金三、〇〇〇円で買戻に応じることについて許可を求める本件申立を許容するのは不在者に対する信義則に反する行為を許容するものであつて相当でない。

このように、本件の申立はその申立の趣旨をどのように解しても、不在者の財産につき不在者の損失において抗告人または件外人久本信吉郎に利益を与えるおそれが極めて濃厚な処分行為をするにつき家庭裁判所の許可を求めるものであるところ、原審における調査官の調査の結果によれば、抗告人と不在者間には現在も文通があり、右財産の処分に関し不在者の指示を仰ぐことは極めて容易であるので、抗告人は不在者の付与した代理権限を超えて行動する必要なく、本件は民法第二八条前段の場合には該当しない。いずれにせよ本件申立はこれを許容すべき理由がない。

右当裁判所の判断と同一趣旨の原決定は正当で本件抗告は理由がない。よつて主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 乾久治 裁判官 長瀬清澄 裁判官 新居康志)

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